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解説: 半導体としてのダイヤモンドとは

 

1. ダイヤモンド・トランジスタは何を目指していますか?

次世代の高出力・高周波デバイスです。将来の移動体通信、衛星通信の中継、また超小型レーダーには高出力高周波送信用の電界効果トランジスタ(Field Effect Transistor ; FET)が必要不可欠です。SiやGaAsでは、数GHz以上の周波数において、その物性上、出力密度に限界を迎え、SiC、GaN、ダイヤモンド、などのワイドバンドギャップ半導体が検討されています。このなかで、ダイヤモンドは物質中最高の熱伝導率22W/cmK(SiCの4倍、GaNの16倍)と半導体中最高の絶縁破壊電界107V/cm(SiCの3倍、GaNの10倍)を有し、正孔移動度約1600cm2/Vsecおよび正孔飽和速度107cm/secと移動度および飽和速度はSi半導体の電子なみです(表1)。これらの特長がどのように役立つかといいますと、放熱特性がよいので電子機器の発熱を抑えることができ高温動作も期待できます。また、高電圧を印加してもデバイスが壊れませんので、大電力を取り出すことを目的としたデバイスに向いた材料ということができるでしょう。さらに、高いキャリア移動度は高周波デバイスとしてのポテンシャルを秘めています。しかし、これらの性能を引き出すにはダイヤモンドに電気を流さねばなりません。

2. ダイヤモンドって電気を流すのですか?

ダイヤモンドは絶縁体と思われていますが、アクセプターやドナーとなる不純物もあり、p型やn型の半導体となります。しかし、不純物の活性化エネルギーが高いため、常温では抵抗が高く、期待されたほどの特性がえられていません。ところが、ダイヤモンド表面が水素原子で覆われた場合、トランジスタを動かすのに十分な正の電荷(シートキャリア密度1013cm-2程度の正孔)が表面にあらわれます。すなわち、表面だけが低抵抗のp型半導体となるのです。この現象については、完全な解明にいたっていませんが。2つの説が有力視されています。

まず、トランスファードーピングモデルという説があります。これは吸着物や表面のpH 変化による化学ポテンシャルの差により、ダイヤモンドの価電子が表面の化学ポテンシャルにより決定された準位に移動(トランスファー)し、正孔(価電子帯の電子が抜けたところ)が表面近傍に生じるという考え方です。図2(a)では、ダイヤモンドの価電子が水の電気化学ポテンシャルに移動し、ダイヤモンドのフェルミ準位と吸着した水の電気化学ポテンシャルが一致するまでダイヤモンド表面のバンドは上向きに湾曲し、表面がp型の半導体となります。表面の電気化学ポテンシャルが電子の受け皿、擬似的なアクセプターになるというモデルです。

もうひとつのモデルとしては、負イオンモデル(図2(b))があります。大気中の負イオンが水素原子で終端されたダイヤモンド表面に吸着し、表面ポテンシャルが減少し、正孔を誘引するというモデルです。表面には、面電荷密度1014e cm-2のH-C表面双極子が存在し、表面側(水素原子側)は正となっているので、負イオンが最大で1014個cm-2吸着することが可能です。そして、吸着した負イオンに対応する正孔がバルク側から生じます。これは実際観測される最大の正孔面密度1014cm-2と一致しています。実際、エアコンやドライヤー等で知られるマイナスイオンを照射するとみるみるダイヤモンドの抵抗が減少するのです。

3. どのようなトランジスタで性能はどのくらいですか

トランジスタが高周波動作つまり高速動作を実現するには、ゲート電圧によりソースからドレインに電流を運ぶキャリアを効率よく制御することが不可欠です。これにはシリコン系の金属/酸化物/半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)に使用される反転層や変調ドープFET(MODFET)での2次元電子ガスに見られるような10nm程度の薄い伝導領域が必要です。ダイヤモンドでこれに相当するのが前述の水素原子で終端された表面に生じる2次元正孔蓄積層です。表面キャリア密度は1013cm-2程度で、表面近傍10nm程度にその90%が存在しているので、ダイヤモンドの表面の電位変化に対し、表面のキャリアがすばやく応答します。2次元正孔蓄積層を利用したFETは、図3に示すような金属/半導体FET(MESFET)および金属/絶縁体/半導体FET(MISFET)が実用化に必要な値をつぎつぎとクリアしており、我々は世界に先駆けてダイヤモンドの高周波トランジスタの開発に成功しています。

図2 水素原子で覆われたダイヤモンド表面にp型の半導体領域が形成される機構

図4はゲート長と遮断周波数(信号増幅の限界の周波数)の関係を、ダイヤモンドおよび先を行く競合半導体のGaN、SiCについて示しています。ダイヤモンドMISFETではだいたいfT∝Lg-1で5x106cm/s(正孔のvsの約半分)の線に乗るのですが、0.2μmに向かうと寄生成分の影響でゲート長微細化によるfT上昇が抑制されています。それでも、ゲート長0.2μmでfTとして25GHzが得られています。寄生成分の低減により、v=5x106cm/s上に乗れば、ゲート長0.2μm で40GHz, 0.1μmで80GHzのfTが実現できそうです。図4を見ると既にこれまでに発表されているSiC-MESFETと同レベル、もしくはそれを上回る値です。しかし、GaNのトップデータと比較するとまだ1/3-1/4の値です。これは、ダイヤモンドの飽和速度vs(正孔) がGaNのvs(電子)と比較して半分と低いためです。実用化を考えた場合、この差は、ダイヤモンドの高い絶縁破壊電界Ebと高い熱伝導率で十分にカバーできると思います。いずれにせよ、世界で2グループでしか行われていないダイヤモンド高周波FETが、多くの研究グループが参加しているSiCやGaNのFETのfTと競合している事実は、ダイヤモンドの高い潜在能力を示しています。

図3 2次元正孔蓄積層を利用した電界効果トランジスタ