WASEDA UNIVERSITY
              
 
 

 ダイヤモンドNVセンターを利用したバイオセンシング技術を目指して

 

【研究の背景・目的】

ダイヤモンド中の窒素と空孔により形成されるNVセンターの電子スピンと、他の電子スピンや核スピンとの相互作用の応用として、量子コンピューター用キュービット、表面吸着分子の局所核磁気共鳴(NMR)検出等の研究が世界的に非常に盛んである。図1に示すように、負に帯電したNVセンター(NV-)の2個の電子スピン(S=1)が、磁場なしで2準位(MS=0とMS=±1)に分裂し、室温でスピン偏極し、マイクロ波(2.88GHz)でスピン共鳴吸収する。NV-の電子スピンのMS=0とMS=-1の重ね合わせが、スピン共鳴と単一光子源としてのNV-の赤色蛍光(638nm)により、高感度検出できる。このMS=0とMS=-1の重ね合わせのエンタングルメント状態で、単一核スピンが検出される。既にダイヤモンド中の13C(論文1)や表面上のオイルやPMMAの1HのNMR観測がドイツ、米国から報告され、緊急性が高いテーマである。しかし、まだ感度、安定性が低く、これを克服し、単一NV-センターによる生体分子の局所NMR観測を本研究で行う。

【研究の方法】

  1. 表面近傍での長いコヒーレンス時間を有するNV-の作製: NV-を他の核スピンと相互作用しやすい表面近傍に形成し、しかも、バルクなみの長いコヒーレンス時間(1msec)を得る技術を開発する。これには超高純度かつ99.99%12C濃縮ダイヤモンドを準備する。そして、表面不対電子の終端をフッ素で行う(図2)。この理由は、ダイヤモンド表面での電子のトラップにフッ素終端の大きな正の電子親和力が必要だからである。これより、コヒーレンス時間上昇と、NMR検出感度の向上が期待される。
  2. NV-の電子スピンによる生体分子の核スピンのNMR観測:ダイヤモンド上の生体分子のNMR観測では、NV-の電子スピン状態MS=0とMS=-1を重ね合わせ、180°パルス照射を繰り返す。この周期を生体分子核スピンのNMR周波数に一致させ、電子スピンと核スピンの間でエンタングルメント状態を作る。一般に、核スピンから見ると、電子スピンの向きがパルス照射で頻繁に変化し、電子スピンからの磁場が平均化されてゼロとなる。しかし、エンタングルメント状態では電子スピンからの磁場は打ち消されず、NV-電子スピンも生体分子核スピンからの影響を受ける。これにより、高感度で生体分子の単一核スピンのNMR信号が検出される。

【期待される成果と意義】

近年、10-20塩基(3-8nm)の短いDNAやRNAの挙動が注目され、メッセンジャーRNAとの結合によるRNA干渉を利用した医薬品やDNA/RNAセンサ(論文2)等に利用されている。これらの短いDNAやRNAの2次構造変化、つまりコンフォメーション変化、例えばタンパク質とカップルする際の構造の動的変化は、分子生物学の重要テーマである。通常のNMRは集団的な生体分子の挙動で、個々分子の2次構造変化の測定手段はない。本研究の局所的なNMR観測が可能となれば、分子生物学における貢献は計り知れない。

【当該研究課題と関連の深い論文・著書】

  1. H.Fedder, J. Isoya (共同研究者) et al. Nature Nanotech. 7, 657 (2012).
  2. A. Ruslinda, H.Kawarada (研究代表者) et al. Biosens. & Bioelectronics. 40, 277 (2013).